別れの準備

日曜日の朝に大学時代の友人が亡くなった。勤める学校の集まりで飲んだ翌朝、居間の床に倒れていたという。死因は脳出血。享年39。
突然の知らせに実感が湧かないまま、月曜の通夜に東に向けて出発する。電車が江戸川を越え、農地を縁取る里山の緑に、ところどころ桜色が混じる。思えば数年前の同じ季節に同じ路程を辿って、私は彼の父親の葬儀に参列したのだった。
斎場は黒い服の人で溢れていた。親族、同僚、彼の教え子たち。卒業生の多さが人望を物語る。久しぶりに大学の同級生に会う。ここに至っても、お互いまだ現実を把握しきれていない。大学を卒業して社会に出てからは疎遠になり、数年に一度会ったり電話で話す程度で、普段は思い出すこともない。主観の中では存在しないに等しくなっていた。そのように「存在しない」状態と、現に存在しなくなってしまったことの質の違いが、このときはまだ理解できていなかった。
長い列に並んで席に着き、読経を神妙に聴き、係員の指示に従い焼香を済ませる。儀式の様式通りに振る舞いつつ、これは感情を抑制するためによくできたシステムだと思う。一通りの式が終わり、遺族の方々に挨拶する。喪主である奥さんは気丈というよりも、突然の夫の死への戸惑いと、儀式を取りまとめる慌ただしさで平静を保っている様子だった。一方お母さんは、この場の誰よりも悲しみを露にしていた。涙を溢れさせながら出席への感謝を述べられ、息子の顔を見てやってくれと促される。普段着に包まれた、記憶に残るままの端正な顔。だがそこには決定的に変わってしまったものがある。ここに来てようやくそのことが実感され、涙が止まらなくなった。明日の葬儀にも出席することを告げてその場を離れる。
翌日の葬儀で、大学の同級生の一人が弔辞を述べた。共有する彼との思い出を振り返りながら、ずいぶん遠くに来たものだと思う。横たわる彼に花を手向けたときにはやはり涙が出たものの、出棺を見送る頃には頬も乾き、気分もさばさばとしたものだった。友人たちも同様だったようで、帰りに食事しつつ話す話題も彼のことよりはとりとめもないものに終始し、今度はめでたい席で会おうと言って別れる。卒業し、違う場所で違う人々と違う人生を歩み始めたときから、死別という最後の別れに向けて、私たちは準備を始めていたのだろう。この日の悲しみもその軽さも、自分たちが重ねた別れの準備に相応のものだった。さようなら。いつか桜の季節に会いにいくよ。