吉村萬壱『バースト・ゾーン ―爆裂地区―』(早川書房)

頻発するテロにより社会のインフラが崩壊し、貧困と不潔と退廃に被われた某国。街には「テロリン」殲滅を叫ぶ国威発揚宣伝が溢れ、行き場のない愛国心がテロリンらしき無辜の市民へのリンチを招いている。閉塞した島国に収まらない深い業を秘めた男女は、国家の求めるままに大陸に渡り、テロリンに対抗する最強の武器「神充」が存在するという「地区」へと向かう。そこには隠されていた恐るべき真実があった。
蔓延するテロリズム、セキュリティ重視社会の全体主義化など、前半はそれなりにリアルなシミュレーションを試みたPFのように読める。それが後半、大陸に渡って以降はドライヴがかかり、ノリノリに荒唐無稽なSFと化していく。疲弊し地を這う人々の場当たりな暴力や性、心の捻れをえぐく執拗に描く作者の筆は、「人間の暗黒から目を逸らさずに描き出す文学の使命」といった悲愴感からは程遠い。きっとニタニタと邪悪な笑みを浮かべて書いているのだろうと思われて実に楽しげ。しかもその文体が今時流行りの饒舌体ではなく、客観描写に徹し乾いていることが好ましく、また効果的だ。ゴミ処理場に無数の露天がフジツボのようにこびり着いて出来た「太陽と月デパート」は、ギブスンの「スプロール三部作」に登場する「橋」を思わせるが、ギブスンにはない闇市の記憶を持つ日本人ならではの実感と猥雑なポップ感がある。作者は筒井康隆の影響を受けていると思われるが、私は『バースト・ゾーン』に根本敬『未来精子ブラジル』や会田誠『ミュータント花子』などを重ねた。これは「因果者SF」とでも呼ぶのが相応しい。