佐藤亜紀『天使』(文春文庫)

上のロイホにて読了。第一次大戦時のオーストリアを舞台に、美貌の超能力青年ジェルジュが活躍する超能力スパイアクション。という内容は大変にキャッチーなのだが、そっけなくも格調高い装丁が、本来の読者を遠ざけているのではないか。黄昏のウィーン、強大な力を持つ美青年、華麗な女性遍歴、上司への同性愛にも似た絶対の忠誠、男の友情……と書くと「本来の読者」がどのあたりにあるか察せられるだろう。そこからは外れる私でも作者の筆力によって普通に面白く読んだのだが、本書はやはり女性読者のほうがより楽しめると思われる。実際、格調高い文章を萩尾望都森川久美の絵柄に置き換えながら読んでいた(新しいところでは伊藤真美とかいいかも、って漫画化案か)。現実の歴史に「感覚(超能力)」を外挿した物語が、もしかすると並行世界/改変歴史ものに展開していくのかと期待したのだがそうはいかず、タイムパラドックスに阻まれる時間旅行者のように、能力者たちの苦闘も帝国の崩壊を止めることはない。作者が歴史観/政治観に持っている節度なのだろう。多民族国家オーストリアハンガリー連合帝国が21世紀まで存続した世界なんて、ちょっと見てみたい気もするのだけれど。

「他に帝国を救う手立てを思い付かない。三人か四人でも、兎も角やるしかない。だが多分失敗するとも思ってる。いや、幾らかは失敗することを願っている。もし成功すれば、この帝国には、君のおとぎ話の王国程度の実質しかないことになる。つまり、帝国はとっくの昔に消滅して、今や残っているのはお話だけということだ。そんなもののために生きて死ぬのは堪え難い」
「三人か四人で引っかき回せたら、その国はおしまいだよ」

余談だが日本ファンタジーノベル大賞出身作家には佐藤亜紀高野史緒山之口洋といった「赤毛もの」の系譜があるのが、いかにも独自枠という感じではある。