渡り鳥北へ

そろそろ鴨たちも見納めと、昼過ぎに石神井公園に出向く。
花粉よりも春の陽射しを優先した人々で賑わう昼の公園は、池面から立ち上る深い靄と肌を刺す冷気が、人工の小自然を深山幽谷へと近付ける、朝の公園とはまったく表情が違う。犬を曳いた親子連れ、ザリガニを釣る子供の歓声、おしゃべりに忙しい主婦たち、ベンチで将棋を差す老人たち、石神井池にはカップルを乗せたボートが行き交う。要はいい歳の男が一人で立ち寄るにはもの寂しい場所だ。もの寂しいだけならまだしも不穏ですらある。殊更に幼児と距離を取り、人の視線を避けながら水面を見遣る。あれほど群れなしていたオナガガモキンクロハジロは一羽も見かけない。ハシビロガモカルガモコガモもだいぶ少なくなっている。仲間のほとんどが北へと帰っていったのだろう。葦原の隙に覗いた白い影はコサギだろうか。水鳥がいなくなる前に小鳥たちの名を覚えたい。
公園を出て、ドリンクバー無料券のあるロイヤルホストへ。堀江敏幸『熊の敷石』を読む。主人公が異郷の友人に案内され、夕景のモン・サン・ミシェル僧院を嘆賞する場面まで進み本を置く。店を出て青梅街道を西へ。木々と建物に挟まれた円い夕日が、一足早い桜の色に空を染めている。その桜色にテールランプの紅い河が雪崩れ込んでいく。