堀江敏幸『いつか王子駅で』(新潮文庫)

路面電車の走る下町に住み着いた、学校講師や翻訳で生計を立てる30代独身男の主人公。古くからの共同体の暮らしが息づく町でストレンジャーである彼は、地に足を着けた職人たちの生き方や、埋もれた古い日本文学や、かつての名馬たちに思いを馳せる。ほかの堀江作品がそうであるように、主人公は外部の目で「そこにある暮らし」を観照する、その変わらない距離感がいわば「文学の品格」を醸し出しているともいえる。
が、そういう話はこの際どうでもいい。問題はですね、これが純文学の皮を被った「女子中学生萌え小説」だってことですよ!
主人公の住む家の大家に「咲ちゃん」という娘がいてですね、陸上部のエースで性格は明朗だけど勉強は苦手というこの子に、主人公が家庭教師として教えるわけですよ。で、主人公が話す文学やら昔の競走馬の話やらに熱心に耳を傾けるという。さらに、勉強を教えてくれるお礼にと主人公を手料理でもてなし、しかもそのために2回もリハーサルをしているのだ。可愛い女子中学生が、独身の中年男のために。それなんてエロゲ
あと具体的な描写がまたやばい。

なんという幸運か、カモシカのようにしなやかな脚を見覚えのある上下真っ白なジャージに包んだ咲ちゃんが、電車道の向こうから黙々とランニングをしてこちらにやって来るではないか。
呼び止めるまでもなくかなり手前で私を認めた咲ちゃんは、両腕を小刻みに振りつづけながら腰のあたりに作ったげんこつをぴょこんと立ててこんちはと息も乱さずに言い、自主トレなんだと恥ずかしそうに笑う。

で、このあと主人公の誘いでもんじゃ屋に入り、

いつも部活女の子と来てるから、男のひとといっしょだなんて説明がいるでしょ、あっは、と咲ちゃんは美しい歯を見せ

だの

ショートカットにした咲ちゃんの小作りな顔を食卓の電灯の下ではなく明るい昼の光のもとで見てみると、戸外を走っているとは思えない肌の白さに驚かされる。

だの、

私は私で咲ちゃんのながくて美しい真っ白な脚の回転と激しい腕の振りのみごとなバランスに目を奪われ

だの、これでもかな萌え描写がいかにも文学というか往年の『クロスオーバー・イレブン』の台本みたいな端正な文章の合間に投入されて、かなり異様な様相を呈しているわけです。堀江敏幸の作風ってどこか老成演技というか「文学の着ぐるみ」みたいな印象もないではないんだけど、その着ぐるみのファスナーの隙間から思わず何かがまろび出た、みたいな。いやもうどうかしてるぜ堀江敏幸。どうかしてるのは私か。
そんなわけで米光一成氏は村山由佳なんかよりこっちをゲーム化すべきだと思うのでした。
http://blog.lv99.com/?eid=628949
参照 http://d.hatena.ne.jp/marron555/20050402#p2