函館ハーバーセンチメント

格安航空券を買いに金券屋に出かける。行く前に電話で問い合わせたところ、31日朝の便がいちばん安かったのでそれを買った。このままいつまでも函館に居続けるような気になりはじめていたのだけれど、切符の値段に期限を決められてしまった。
用事を済ませ、せっかくだから観光らしいことをしようと函館山を見ながら歩き出す。地面が凍りついていて足下がおぼつかない。「はこだてビール」の前にさしかかったので入ってみる。地ビール工場がそのままレストランになっているレンガ造りの大きな建物は、観光シーズンでもない平日の昼下がりだからか、醸造タンクの前のカウンター席に座った私のほか誰も客はいない。経営は大丈夫なのかと不安になるが、運ばれてきた3種類のビールは黒ビールを含めとても口当たりがよく、いくらでも飲めてしまいそうだ。クリームチーズと山葵を添えたサーモンのマリネも美味かった。
東京への土産候補をゆっくりと堪能して外に出ると、少し雪がちらつき出している。物流倉庫の並ぶ港湾地域を歩くうちに正面からの吹き殴りの風が勢いを増して、唯一むき出しの皮膚である顔に容赦なく雪をぶつけてくる。まあこんなもの吹雪のうちに入らないのだが、さすがに東京の冬ともいえない冬とは違う(今年は特に)。金森赤レンガ倉庫の中に退避して用を足す。改装された倉庫群にホールや展示場やレストランや土産物屋が入った、観光客向けの施設にいまさら見るべきものはない。雪は降り続いているものの風の弱まった外に出る。係留された連絡船、石畳の太鼓橋、かもめの声が響くヨットハーバー。カメラがあればとも思ったが、写真に収められた風景は個別の肌触りのないただの絵葉書と変わりがないだろう。バブル期に(おそらくは東京の代理店が加わって)見るものすべてが観光用に最適化されたこの西部地区の景観には、つい「魂を売り渡した」という言葉を思い浮かべてしまう。故郷を離れて20年も過ぎた人間が、地元人づらをできた義理ではないのだが。
そのまま山に向かう坂道を上り、ギリシャ正教・ローマカトリック・英国プロテスタントの3つの教会の間を縫うように進む。滑る下り坂を学校帰りの女子高生たちが歓声を上げながら降りていく。どこか喫茶店でも入ろうと思ったが、旧い家屋や土蔵を改造した、エキゾチックな街並に相応しい瀟洒な作りの店は、なんだかどこも敷居が高くて入り辛い。そうした経営者の夢の結晶のような店々を横目に通り過ぎながら駅前まで来てしまい、結局落ち着いたのは寂れたデパートの1階にできたドトールだ。まったくどこにいてもやることが変わらない。馴染みのコーヒーの味を懐かしむように啜りつつ、ほとんど手を付けていなかった文庫本を小一時間で読了。やはり読書はドトールに限る。
改装して昔の面影が一掃された函館駅で駅弁を買おうと思ったが(もちろん新宿京王百貨店での駅弁祭りの影響です)、目当ての弁当は売り切れだった(いかめしさえも!)。もっとも駅弁なんて非日常のイベントとして食すから味わいもあるというもので、地元で食べる地元の駅弁は、ただの冷えた弁当でしかないだろう。すっかり日が落ちて、暖かい食事が待っている家へと向かう市電に乗り込んだ。
参照:函館地図電網 http://www.expandbiz.net/map/
(2007年2月14日記)