黒い穴

日も傾きかけた石神井公園を歩く。まずは遅い昼食代わりに、茶店で大根と玉子を入れたおでんを注文。水辺観察池を眺めながら蒟蒻をつついていると、背中越しに話し声が聞こえてくる。赤ん坊を連れた主婦二人と、少し酒が入っている様子の老人が一人。家族でも知り合いでもないらしい。他愛ない話を続ける主婦たちの傍らで次第に大きくなっていく、赤ん坊に話しかける老人の声。やがて主婦たちも無視しきれなくなり会話が止まる。その隙を突いて唐突に幼児教育の話を始める老人に、母親が気のない相槌を打つ。母親の嫌気と老人の孤独が擦れ合う、そのやりとりが居たたまれない。
おでんを食べ終えて池の周りを巡る。そろそろ冬の水鳥が飛来しているのではと思ったが、目にするのはいつものカルガモやアヒル、バンばかり。鳥見の素人にも目に楽しい鷺などの大きな鳥を見たかったのだが、中の島にコサギを一羽認めたのみ。最近はアオサギダイサギゴイサギも来ているようなのだが。三宝寺池を抜け石神井池の方へ。普段は入らない公園の外れの記念庭園に。小さな池にアヒル二羽、カルガモコガモが多数。あたりが暗くなり様子が分からなくなる前に公園を出る。風に揺れるススキ。塒に帰る烏。子供に帰宅を促すアナウンス。夕暮れの公園なんて一人で行く場所じゃない。
公園駅前のココイチでトッピングなしの素カレーを食い、イタリアントマトで安コーヒーを啜りながら桜庭一樹少女には向かない職業』(東京創元社)読む。店内に若者の姿はなく、煙草に燻された地元の老人たちばかり。煙草こそ吸わないがいずれ私もその類だろう。最初の殺人が起こったあたりで本を閉じ退出すると、釣瓶落としの秋の日はもうすっかり暗い。商店街を抜けて石神井公園に向かう道の先を見遣る。灯の乏しい急な下り坂の先は、道も空間も消失したかのような暗闇そのものだ。ひと呼吸おいて漕ぎ出した自転車が、その真っ黒い穴に向かって落ちていく。