夏休みの向こう側へ――あずまきよひこ『よつばと!』の新展開

珍しく『電撃大王』11月号に紐がかかっていなかったので立ち読みしてみたら、あずまきよひこよつばと!』第40話「よつばとはいたつ」が凄まじかったので、普段は買わない雑誌を買ってしまった。いやこれはちょっとびっくりした。
とーちゃんが買ってきたいつもより高くて美味しい牛乳を、綾瀬家の人々におすそわけしようとするよつば。一足先に登校して家を出ていた風香にも飲ませようと、よつばは補助輪付きの自転車で風香を追いかける。
自転車には免許が必要なので子供だけで乗ってはいけないと、とーちゃんに言い含められていたにもかかわらず、とーちゃんが寝ている隙に一人で出かけるよつば。子供の視点で描かれる、異様に広く見える道路。交通ルールを知らずに公道に乗り出したよつばは、早速車に轢かれそうになる。自転車に乗る風香の姿を認めるも、長くて急な坂になっている歩道橋が、よつばの前に大きな障害となって立ちはだかる。届けるはずの牛乳で元気を補給しながら、必死に坂の上まで自転車を押し上げる。歩道橋の上から広がる河川敷の眺望(この情景描写も素晴らしい)。そして急な下り坂の前で恐怖に竦むよつば(!)。「や、やめとこうかな…」と呟く間も無く、自転車はよつばを乗せて坂を滑り出していく。勢いのついたまま徐行用の柱に引っ掛かり転倒するよつば。膝には擦り傷ができて血が滲んでいる。風香と同じ制服を来た少女たちを追って、ついに風香の高校に到着。しばし学校内を探検した後、無事に風香に牛乳を配達したよつばだが、迎えに来たとーちゃんにゲンコツを食らい、泣きながら家に連れ戻される。
ここで衝撃的だったのは、下り坂を前にしてよつばが感じるリアルな恐怖だ。『よつばと!』の世界観では、写実的に描かれた周囲の背景と、かっちりとした肉体を持つ大人たちの間で、関節のない棒のような手足の生えた四頭身の体を持つよつばだけが、明確に「子供漫画のキャラクター」として規定されていた。激しく揺れるブランコから無傷で飛び降りたり、神社の長い階段の手摺りを一気に滑り降りたり、波打ち際で平気で波に攫われたりしていたよつばの超人ぶりは、その「子供漫画のキャラクター」の属性によって保証されていたのだと言える。奔放に動き回っているようで、実際には幼児が徒歩で移動できる範囲に留まっていた(従ってとーちゃんも安心して放置できた)よつばの世界は、夏休み後に導入された「自転車」によって格段に拡がった。その世界の広がりは、とーちゃんやジャンボや綾瀬一家などの年長者の庇護のもとにあった「夏休み」の向こう側にある。「夏休み」の終わりは同時に、これまでに獲得した世界認識によってよつばが「子供漫画のキャラクター」ではいられなくなる、リアルな肉体と心の痛みを伴う世界へと踏み出すことを意味するのではないか(自転車の練習をする過程で、すでによつばはこれまでになく体に傷を負っている)。よつばの膝にこびりつく血を見て、無言でよつばの頭に拳を落とすとーちゃん。「ゴン」という擬音のほかに台詞のない簡潔な描写から、自分の手が届かない領域へと踏み出そうとする娘への怒りと困惑が、よつばの体と心の痛みが鮮やかに伝わってくる。
夏休み終了とともに完結するのではないかとの予想もあった『よつばと!』は、夏休みが終わった後も続いている。「終わらない夏休み」を終わらせたあずまきよひこは、敢然と未知なる荒野へと歩き出したようだ。よつばと!


ところでもう一つ、この回を読んでいて感じたこと。印象的な道路標識、坂道の恐怖、その坂を転げ落ち血を流すよつば、実際に取材したとおぼしき学校内の細密な描写(理科室!)、これらの要素からは明らかにあずまきよひこが『時をかける少女』から受けた感銘が読み取れる。背景の緻密さは以前からあずまきよひこ細田守に共通するところだが、思えば細田版『時かけ』も、モラトリアムの終わりを描いた作品ではないか。細田演出の『よつばと!』がちょっと観たい気もする。