桜庭一樹『GOSICK』シリーズ(富士見ミステリー文庫)

時は1924年。アルプスを背に地中海に開かれた西欧の小国・ソヴュールの伝統校を舞台に、ゴスロリ美少女探偵ヴィクトリカと東洋の某国からの留学生・久城一弥のコンビが、歴史の闇を秘めた数々の謎に挑む。
たまたま古書店で105円で買ったシリーズ1作目が面白かったので、数日のうちに古本新本取り混ぜて、既刊の長編5巻・短編集2巻を揃えてしまった。「GOTHIC」でなく「GOSICK」なのは編集者の案になる洒落であるらしい。
二つの世界大戦の狭間の薄闇と、オカルトと近代合理主義の軋みから生じる怪奇な事件の渾沌を、退屈と孤独に飽いた少女探偵が明瞭な論理で言語化してみせるという基本構造は、今にも笠井潔が大量死理論で語りそうなほどの本格ぶりだ。そのわりにトリックはどこかで見たようなもの(しかも物理トリック)が多いけれど、今どきのミステリとしてトリックの独自性よりも趣向の芸を賞するべきだろう(少年少女向けを意識してもいる)。過去作品へのオマージュを感じさせるブッキッシュな作風は恩田陸にも通じるが、恩田のように影響された元ネタを作中で明示しない(言い訳をしない)桜庭のほうが、娯楽作家として胆が座っている。ミステリとしては前世紀のソヴュール王室に暗躍したラスプーチン的怪人の正体と、現在の学園に起きた殺人事件が絡みあう4巻が面白かった。3巻は「ソヴュール百貨店の謎」という趣でシリーズの基調からはやや逸脱するが、作者が多様なミステリ世界を楽しんでいるのが窺える。
こういう作品が出てくるところにライトノベルというジャンルの懐の深さを感じるが、第一にジャンルの特性として、ミステリである以前に『GOSICK』は優れたキャラクター小説でもある。とりわけ探偵役ヴィクトリカの、流れる金髪に飾られた人形めいた美貌を膨大なフリルと書物とお菓子で武装した外見、それとは裏腹な推理力と強烈な毒舌、そして主人公の一弥に向ける絵に描いたようなツンデレっぷりは、素晴らしいとしか言いようのないキャラの立ち方だ。その外見に似合わぬ「老人のようにしわがれた声」というのは想像しにくいが、ドラマCDではその声を斎藤千和が演じていて(未聴)「しわがれた声」かはともかく納得はさせられる。アニメ化されれば「ベッキー+真紅」とか言われそう。もっともパイプ煙草を愛飲する14歳少女じゃアニメは無理か。歴史の過酷な運命が二人の主人公に振りかかるのは決定事項なので(平行世界でもなければ)、不器用な恋愛模様の進展ばかりではない今後の展開が楽しみでもあり不安でもある。
ところで脇役では、ヴィクトリカの異母兄であるグレヴィール警部が面白い。苦手な妹をしぶしぶ訪ねては事件の真相解明を請い、解決後には手柄を横取りする。その一方で、苦手といいつつ妹の姿を眺めに足繁く通い、妹を思わせるビスクドールを収集し、べつに拘束力もない妹の交換条件を頑なに守って奇怪なヘアスタイルを維持し、ヴィクトリカの推理を無条件に引き出せる一弥の立場に驚嘆する(羨む)。どう見ても立派なシスコンです。