唐突にマリみて話

主人公・福沢祐巳の成長小説としての『マリア様がみてる』の主題は「他者を通して自分と世界とに出会う」ということに尽きるだろう。『マリみて』初期の祐巳にとって、小笠原祥子は唯一の他者であり、世界の全てだった。祥子以外の友人たちは世界の彩り。祥子に愛されたいと願い「祥子は何を考えているのか」「祥子の眼に自分はどう映るのか」と思いを巡らせることは、そのまま世界とは何かを考えることに通じた。それが『レイニーブルー』『パラソルをさして』で祥子との別れを経験することにより、世界は祥子と自分だけで出来ているのではなく、リリアンが世界の全てでもなく、様々な人の思いと営みが織り合わさって出来ているのだと悟る。自分が知らない旅を経て戻ってきた青い傘はその象徴だ。さらに謎の他者であった祥子の脆弱さと祐巳への愛は『パラソル』で確定した事実となる。この時点で祥子をめぐる祐巳の成長劇はひとつの完結をみたと言っていい。
『パラソル』で他者性を獲得して以後、状況をフラットに見渡すことのできる客観の人となった祐巳は、思い込みを内部でループさせることによって読者を深みに連れていく、いわゆる文学的と言われるような内面語りには向かない視点人物になってしまった(コメディの語り手としては優秀なのだが)。ここ数巻のオムニバス短編集的な趣向や、新作『妹オーディション』での視点人物の切り替えは、作者にもそうした自覚があることを物語っているのだろう。『妹オーディション』では、友人たちの心情を適確に見通し最善の方向に導いてみせる(かつての蓉子のような)祐巳よりも、不透明な状況に苦闘する由乃乃梨子のほうが魅力的に映るのはやむをえない。
さて、こうして異様にものが見える人となった祐巳に対して、唯一の解くべき謎として残されたのが松平瞳子だ。『妹オーディション』において、乃梨子から瞳子の苦境を聞かされても「そうだよね。あの子、すごく繊細だもん」以上の言葉が出て来ない祐巳。「志村、後ろ後ろ」視点に立つ読者に祐巳の鈍感さは恐るべきものに見えるが、実際のところ彼女にとって、瞳子の内心を本気で探ろうとしたことはこれまで一度もなかったのではないか。祥子以来の最大の謎である瞳子祐巳が本気で向き合うこと、それは祐巳がもう一度他者と世界に出会い直すことに他ならない。その時、主人公としての福沢祐巳もまた「妹」ではなく「お姉さま」と呼ばれる新しい祐巳となって、輝きを取り戻すのだと思う。