早瀬優香子『躁鬱 SO・UTSU』(86年)

早瀬優香子石坂啓原作・若松孝二監督の映画『キスより簡単』で主役を演じるなど女優としても活躍した人で、細野晴臣も曲を提供している。私はいやらしくもこの人にメンヘル的な個性を期待していたのだが、本作では「とらえどころのない文学少女」といった役割を、後のカヒミ・カリィのように演じている。そのシナリオを書いたのは秋元康。クレジットはなんと「Dramatist」だ。なかにし礼かお前は。実質的なサウンドプロデュースは西平彰、作曲に見岳章大村憲司原田真二らが参加。ミックスはNYのパワーステーションだ。要はYMOムーンライダーズ一派の専売特許であった「ニューウェーヴ色の濃い文系女性ポップス」を芸能資本の側がシミュレートする、というのが本作の意図であったと思われるが、これが非常によく出来ているのだ。主役の早瀬優香子のアンニュイでコケティッシュな魅力は充分だし、ややジャジーで抑制された曲作りも、クレジットはほとんどないが演奏も立派なものである。何より突出しているのが、秋元康の歌詞の判り易い文学趣味だ。「サルトルで眠れない」「去年マリエンバードで」「セシルはセシル」(これいい曲なんだよ)「水曜日までに死にたいの」といった曲名を並べれば一目瞭然だろう。
コンセプト通りに申し分ない出来栄えのアルバムではあるが、「俺にだってこのくらいできるんだぜ」と言わんばかりの野郎のしたり顔をぶん殴りたいと思う私は理不尽なのであろうか。
しかし2400円も出して買うものでもなかった。