HAT/Tokyo-Frankfurt-New York('96)

吉祥寺RAREにて1600円。発表時にスルーし、気付いた時には入手困難になっていた。今頃になって初めて聴いたのだが、これは素晴らしい。東京の細野晴臣、フランクフルトのアトム・ハート、ニューヨークのテツ・イノウエの3人が音源を往復させつつ作り上げた本作は、細野テクノの系譜中もっともハードコアな作品といえるだろう。今なら生楽器も柔軟に交えることを躊躇わないのだろうが、この時点ではDTMという手法に徹底的に固執し、メロディや和声など安直な情緒の拠り所は削ぎ落とされている。様々な音色と長さに配置された電子音の連なりが作り出すパターンは、だが枯淡の境地とは程遠い。『テクノデリック』(81年)や『S-F-X』(84年)の正統進化たる「ファンクネスの純粋抽出」ともいうべきグルーヴは、一切の汗を感じさせない比類ないクールさでありながら、頭は冷たいままに身体だけを揺らす。特にここで聴けるベースはその音色、フレージング、挿入のタイミングなど、細野が参加した作品のなかでも出色。もはや手弾き、打ち込み、サンプリングの区別さえ超えて、そこにあるのはベーシスト細野晴臣の揺るぎない個性だ。この疾走感の基盤には、ラテン音楽のいわゆるクラーベの感覚がある。後に偽ラテンアーティスト「セニョール・ココナッツ」を名乗るアトム・ハートの存在もそこには関わっているのだろうが、ドラム・セットの束縛を離れ電子音によって構成されるダンス音楽が、ラテンや民族音楽に近付くのは自然な成り行きなのかもしれない(マニュエル・ゲッチングの反復音楽にも共通するものを感じた)。オーディオ的な聴き応えも大きく、質の良いヘッドホンか、できれば大型スピーカーの大音量に身を委ねたい。それにしても現在でもまったく古びていないこのHATの音が基準にあったなら、例えばスケッチショウの音楽はいささか微温的に思えただろうか。