『仮面ライダー響鬼』三十六之巻「飢える朱鬼」

なるほど、これがライダーバトルというものか。それぞれの正義、価値観のもとに物語の主導権を握ろうとする複数の人物が、その信念の正しさを戦いのなかで主張するという展開。新スタッフの得意とするフィールドに持ち込むことで、いかにもそれらしいドラマが発生していた。もっともそれは旧製作者が毅然と斥けた図式だったのだが、現在ではこうしたバトル展開に訴求される視聴者も少なくないのだろう。そういう意味では手垢塗れの筋立てだが、それに説得力を持たせてしまうのがザンキ・あきら・イブキの旧シリーズで確立されたキャラクター性であり、素晴らしい役者たちの表情だ。言わずと知れたザンキの存在感、あきらの幼さのなかに覗く暗い情念、イブキの育ちの良さゆえの困惑と押しの弱さ。そうした前半までの蓄積が場当たり的なドラマのために消費されるのは少しやりきれないのだが、最善の二次創作ではあったかもしれない。それにしても、新スタッフの精一杯であるはずのシリアス話に、変身忍者嵐そのままの鎧という愚劣な「オマージュ」を挿入してみせるのは単なる無神経なのか、それとも「特撮テレビ番組はジャンクであるべき」という自戒あるいはアイロニーなのか。朱鬼の最悪なデザインは邪気の暴走の表現としてアリかもね(苦笑)。
あと声を大にして言いたいが、刹那的な盛り上げのためにザンキさんに妙なフラグを立てるのはやめていただきたい。こんなところまで紋切り型にしなくていいよ……。