『かみちゅ!』第5回「ひとりぼっちは嫌い」

倉田 女子中学生の可愛い仕草というものを、最高のクオリティで残しておけないだろうかというね。
落越 「今、この瞬間」を。
倉田 「今」でもないけどね。妄想の中の人間だから。
舛成 それを若手の巧いアニメーターを使って、やらせてみる。
倉田 それでお金がもらえる、夢のような仕事じゃないかと。


―― 俺達はこんな事をやってていいのか、というような迷いが、かけらも感じられないところが。
倉田 そんな事は、かけらも感じた事ないですよね。
舛成 うん。


『かみちゅ!』倉田英之×舛成孝二インタビュー(1)「神様は中学生」ではなく「神様で中学生」

確かに潔い。もうこの志の低さと技術力の高さは、是非に今後ともキープしていただきたい! 前回みたいに妙な意欲を出さんでいいから!(まだ言うか)
で、今回はまさに「女子中学生の可愛い仕草というものを、最高のクオリティで」描き切った、ひたすらゆりえ様が可愛いばかりの30分。風邪を引いたゆりえの緩慢な動作と、お守りの力で幽体離脱したゆりえの浮遊感を、たっぷりと枚数を使って描く贅沢な作画。誰にも気付かれずに見て回る尾道の街の魅力も、質の高い美術に支えられ説得力がある。ゆりえの小柄なデザインも大人の体格との違いが強調されて、両親の頼もしさや病床の心許なさを表現するのに効果的だった。
ゆりえを取り巻く人々の、ゆりえに向ける無条件の優しさが示されていたのが何より。特に神様を搾取するばかりと思われた祀が、意外に情のあるところを見せてぐっと好感度が上昇。森永理科上手い。ラストの絵馬に至るまで、主人公の人徳(神徳)を本人の不在によって示す。毎回こんな感じだったらイイナ。ミニマリズムの極みでかまわないから。
余談。そういえば米澤穂信さよなら妖精』を読んで、これが角川から出ていたら大林宣彦監督で映画化できたのに、と思ったことを尾道つながりで思い出した。
余談2。オープニングで舞う習字の中に「君に胸キュン」の文字が。幸宏とイモ欽のことを書いたばかりなので妙な親近感が。