ジーン・ウルフ「新しい太陽の書」4部作

『拷問者の影』『調停者の鉤爪』『警士の剣』『独裁者の城塞』(ハヤカワ文庫)
惑星ウールスと呼ばれる地球。老いた太陽の光は衰え、かつて銀河を征した文明は退行し、人類は中世的な黄昏の時代を生きる。世界を統べる「独裁者」の城塞の一角で、拷問者組合という忌まれる組織の徒弟として育てられた少年セヴェリアンは、反逆者ヴォダルスとの出会いにより人生の転機を迎える。やがて美しき囚人セクラを愛したセヴェリアンは、拷問に耐えられない彼女の自殺を幇助し、拷問者組合と城塞を逐われる。こうしてセヴェリアンの、奇しき運命の糸に操られた、自分自身と世界とを変える冒険の旅が始まる。
まず強調したいのは、この長い物語が魅力的なキャラクターと世界観を持った、優れたSFファンタジーであるということだ。拷問者という特殊技能を持つアウトサイダーであり、煤色のマントを纏い仮面で顔を覆い、名剣テルミヌス・エストを背負い旅をするセヴェリアンという主人公の魅力(カバーイラストは天野喜孝)。中世的な社会制度と風俗の中で、前時代に外惑星から移入された生物や異星人が闊歩し、剣と甲冑が激突する騎馬戦の最中にビームやミサイルが飛び交う、センス・オブ・ワンダー溢れる世界観。それらをコスプレと書き割りに堕さない格調高く重厚な語り口。これらは『ケルベロス第五の首』の難解の評判と本書の長さの前に恐れをなす読者が、安心して読み進むに足るだけの満足感を必ず与えてくれる。
そして、SFやファンタジーとしての特徴を措いても、「新しい太陽の書」は「物語」そのものの力で読むものを魅了する。本作は高い地位に登り詰めた人物の回想として語られる一種の貴種流離譚であり、本筋と重なり合う様々な挿話は、神話や民話などの原型的な物語に寄り添っている。物語の記述者でもあるセヴェリアンには「体験した全ての物事を決して忘れない」という属性が与えられているが、これは「書かれたことは全て作品内事実である」という叙述上のルールに留まらない。彼は旅の途上で様々な人々に出会い、様々な物語を読み、聴く。それら他者の人生や物語がセヴェリアン自身の人生や物語に重なり、一人の人間の中に人生や物語が多層化される。何しろセヴェリアンは愛する人間の肉を食らわせられることで、彼らの人格をそのまま取り込んでしまうのだ。死者は物語を残すことで永遠を求め、物語は他者の中に生き続け、現在進行の人生と響き合う。「新しい太陽の書」は物語についての物語であり、死者と生者を巡る物語でもあるのだ。本作に描かれた作品内時間は1年に満たないのではないかと思われるが、そこにはいくつもの人生や世代を重ね合わせた遠大な時間が折り畳まれている。それを作者が描き読者が味わうには、やはりこの1600ページ分の長さが必要なのだろう。