小さな、独立した、機動力のある、知的なユニット

Richard Pinhas Band(HELDON) 初来日記念『Future Alien 8 〜スペシャルな夜〜』
2006年11月29日 池袋LIVE INN ROSA
出演:Pochakaite Malko<桑原重和b 荻野和夫p,kb 立岩潤三ds,per 壷井彰久vln>
ahru(ex:RUK)<NEITA b,vo 田口千咲ds コイデリョウg,vo>
Cherno<菅原真sax 岸本淳一g>
OPTRUM<伊東篤宏OPTRON 進揚一郎ds>
Special Guest!:Richard Pinhas Band(HELDON)
DJ:hikaru(nankadou)
70年代フランスのプログレアヴァンギャルドバンド「エルドン」で活動し、ロバート・フリップの影響を受けたギターとデバイスを駆使した音楽活動を続けるリシャール・ピナス。そのピナスの初来日を記念して我が国のプログレッシヴなアーティストが彼のバンドとともに演奏する。
というようなことは知識として知ってはいたものの、実はエルドンもピナスも一枚のレコードも聴いていないうえに、共演のバンドも全然知らないか、名前だけは知ってるけど聴いたことがない人たちばかりだったりする。そんなアーティストをまとめたライヴが当日3800円(含ドリンク)で観られるということで、禁断の池袋の領域に足を踏み入れた。いやー馴染めない。それはそれとしてこのライヴ、先に書いておくが大変に面白かったのでした。以下登場順に感想。
●ahru
女性リズム体2人と男性ギタリスト1人によるロック・トリオ。英語らしいがよくわからない男性の叫びと、オペラ風の女声がハードな変拍子リフ攻撃に絡む様子は、初期の高円寺百景をすごくシンプルにしたような、って全然違うか。バリバリ弾きまくる歪みベースと、人の良さそうな佇まいに好感。ちょっとギターがザッパっぽかったり。
OPTRUM
事前に一番興味があったのがこれ。現代美術家の伊東篤宏が自作した楽器「OPTRON」とドラムとの共演。蛍光灯の発振を増幅して音楽を奏でる、という前知識から、エレクトロニカとか音響派っぽい音楽を予想していた私がバカでした。まさか蛍光灯があんな凄まじい爆音ノイズの発生源と化すとは思わなんだ。スピーカーの近くだったので鼓膜と全身を直撃。ウルセーーーーーー!!!!! それにしても「オリジナルなど存在しない」とか何とか言われる文化状況で、これだけ「オリジナル」な表現がありうるというのは素晴らしい。とはいえ「まったく聴いたことのない音楽」というわけでもなく(本当に聴いたことのない音楽なら受け入れることさえ難しいだろう)、やはり既存のロックなりノイズなりの文法の上に爆音が配列されているので、耳を無理やりに馴染ませた後は蛍光灯に指を滑らせることで音色を変えていく演奏ぶりや、真っ暗なステージで蛍光灯が明滅する様子をエンタテインメントとして楽しむことができた。蛍光灯のジミヘンといえば通俗的にすぎるか。蛍光灯を叩き割ったりはしないから安心(危ないからね!)。勢いで物販CDも買ってしまったがまだ聴いてない。面白かったけどウルセーーーーーー!!!!!
●Cherno
滅法テクニカルなギターと地味なサックスの2人ユニット。なのだが、バックの別録りあるいは打ち込みなドラムとベースに激萎え。インプロでもいい、生演奏では不可能な打ち込みなり抽象的なSEなりをバックにしてもいい。とにかく2人なら2人でできることをやればいいのに、4ピースのバンドでしか成立しない音楽を2人でやろうとするからカラオケ感ばかりが強くなってしまうのだ。下手でもいいからドラムを連れてくるのがシンプルな解決策。
●Pochakaite Malko
ポチャカイテ・マルコというのはブルガリア語で「ちょっと待ってください」という意味だとか。そんなバンド名の響きや編成から勝手に、北欧や東欧系の「ユーモラスな民族音楽ふう変拍子ロック」みたいな音楽性を想像していたが(サムラとかファーマーズ・マーケット的な)、全然違った(まあそうだろう)。変拍子フレーズが複雑に絡み合いながら黒い固まりとなって疾走するヘヴィでハードな音楽性は、ベルギーのユニヴェル・ゼロを思わせる格好良さ。これで主旋律がヴァイオリンでなくギターなら、むしろメタルに接近してしまうだろう。いやこれはなかなか。ところでキーボードの荻野氏は、サラサラ長髪に痩躯とまるで犬上すくねの漫画から出てきたような大変に良いメガネ男子なので、その筋の人は要注目よ(ものすごくどうでもいい情報)。
●Richard Pinhas Band
そしていよいよピナスの登場。シンプルなセットのドラムと、MacBookProのオペレーター、そしてギターとデバイスを操るピナスという編成。もじゃもじゃの髪のいかにもインテリ風の姿で椅子に座り、ガムを噛み、マッチを擦って煙草をふかし、鼻をかみながらギターに指を滑らせ、デバイスのスイッチを操作する。一度奏でたフレーズが次々に重なりループされ、分厚いノイズの壁となって会場を満たす。その様子はまさしくロバート・フリップが考案したフリッパートロニクスあるいはサウンドスケープそのものだ。深い影響を受けたとは知っていたものの、これほどフリップだとは。とはいうものの、これは剽窃だとか模倣の域に留まるものではもちろんない。そのノイズの壁には不思議な色彩感と充実感があり、OPTRUMの圧倒的な音量にも決して負けていない、現在形の表現として説得力あるものだ。鋭く切り込むドラムは時にチャールズ・ヘイワードにも似ていた。*1流れ続けるナレーションは、J・G・ベネット*2ならぬジル・ドゥルーズ*3のものだったりしたのだろうか。
池袋の薄暗い地下のライヴハウスで黙々とギターを弾く姿は、かつてフリップの提唱した「小さな、独立した、機動力のある、知的なユニット」を体現していた。フリップの実験を受け継ぎながら、むしろフリップ以上にその方法論に真摯に向き合い、ギターというアナログなインターフェイスを持って最新のテクノロジーと対峙し続けるピナスの姿は、スティーヴ・ヒレッジやマニュエル・ゲッチングらの本質的にプログレッシヴなギタリストたちに連なる。そして、そうしたギタリストの先鋒であったはずのフリップは、同日同時刻にポーキュパイン・トゥリーというプログレ新古典派のバンドに同行して公演を行っていたのだった。これは運命の皮肉なのだろうか。
今回のライヴの顔触れは必ずしもピナスの音楽性に沿ったものではなかったが、それだけ「プログレ」の多様な広がりを楽しむことができたともいえる。これで3800円はお得です。

*1:このドラマーAntoine PaganottiはかのMAGMAのベーシストBernard Paganottiの息子で(母は日本人)現MAGMAではヴォーカル担当なのだとか。うぉう。

*2:グルジェフの弟子でフリップの師。

*3:ピナスはドゥルーズの研究者でもある。