くじら『パノラマ』(85年)『Tamago』(86年)

先日の「サイケデリック物理学」(→感想)ではラストを飾った「くじら」の、それぞれデビュー作と2ndアルバム。全曲の作詞作曲を手掛けるヴォーカルの杉林恭雄の個性が、この3人組のバンドの大部分を占める。日常からほんの少し浮遊したファンタジーを朗々と歌い上げる杉林の世界は、きらびやかなシンセの音を纏って四畳半的なリアリズムから逃走する。この数年後にバンドブームが到来し、心情吐露のテンプレート化が進行していくのだが、80年代の「くじら」や「たま」原マスミなどの表現には、そうした内面の平準化に抗うものとして相通ずる感触がある。それにしては『パノラマ』の音作りはあまりにソニーサウンド的な平板さが気になるのだが、『Tamago』ではプロデュースに清水靖晃小野誠彦を得て、浮世離れが堂々たるスケール感と説得力を持った。パリとベルリンで録音された簡素な編成による演奏には、静謐でありながら立体的な奥行きと体を揺らすグルーヴがある。ただし、ここでの達成は80年代の録音美に依存するところも大きい。復活「サイケデリック物理学」での力強いライヴに触れて、杉林恭雄とくじらは飄々と涼しげな風情はそのままに、20年をかけてその音楽に確かな肉体を与えたのだと思う。